雨の音。
最後の一振りを地面に落とせば、辺りにはようやく静寂が返ってきた。黒く染まる大地は何度だって見てきたもので、今更何の感慨も抱かない。髪に肩に腕に雨粒が落ちて、剣先の赤を洗い流してゆく。雨よりももっと濃密な黒が土を完全に侵し切ったところで、ヴェファルザードはようやく一息吐いた。
辺り一面に重なり散らばっているのは、何百何千もの人間の屍だった。生臭い血の香りと、喉を押し潰すような色の肉の欠片。しかし彼の銀色の瞳はそんなものには向けられなかった。衣服の乱れを整え、剣をおさめ、彼はつい先程まで一対何千だった戦場を後にする。
痛みにはもう慣れた、悲しみはとうに忘れた。憎しみなんかは抱いたこともなく、よって理解することもできなかった。胸を満たすのは空虚であり、この腕が行うのは単調な作業だ。胃がからになれば食事を求め、常人程に睡眠を欲するけれど、彼は誰かに理解されることもなく、また、理解されようとも思わない。他人を憎むことが無いから他人を愛することも無く、何も楽しくはないから何も悲しくはないのだと、彼は自分のことくらいは知っている。この世界に生を受けた時、一番最初に殺したのは実の母親であり、一つの誕生日を迎える前に殺したのは実の父親だ。それでもそんな者は全体を見渡せばいくらだって存在していたし、だから自分が特別だとも思いはしなかった。
狩り尽くした世界に背を向けて、彼はまた違う世界へと歩き出す。
幾度と無く心に去来するものの名前を知るにはたくさんの出会いが。そしてその名前を排除するには真の孤独が必要なのだと、彼は知っていたから。
一切の再会を許さず、裏切りを通り平穏を踏み躙り、破滅を明け渡す旅路。
身を裂くような冷たい雨が、強い。
やがて彼が彼の知り得ない世界に、“死神”ヴェファルザードとしてその名を知られることになるのは、彼が自分の真の名を知るよりもずっと後のことである。
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